26/2/16 吹上館(再訪)

この日は昼過ぎに外出して、東京メトロ南北線西高島平駅から西へ1kmほどの場所にある東明禅寺を訪れました。

概要

この場所は吹上館と呼ばれる城館があったと見られ、遺構らしきものが見受けられます。

吹上館散策

城域の東を流れる白子川。
東明禅寺総門。
総門をくぐると高低差があります。
階段を登るった所に建っている仁王門。
仁王門手前の境内案内図。
境内と本堂。
本堂の西には土壇状地形と鐘楼。
本堂の東に見える土塁状地形。
本堂北東。土塁状地形の上に建っている八幡神社。立入禁止なので見学のみです。
本堂裏手の土塁状地形西端部。

吹上館歴史

この館の歴史については定かでありません。
「埼玉の中世城館跡」では戦国時代の城館とされている様です。
当地はかつて新倉村だった様ですが、「和光市史 通史編 上巻」によると後北条氏家臣の河村氏の所領だったとされています。この河村氏は河村城を築いた一門の流れを汲んでいると見られている様です。
また川村弥二郎という人物が東明寺に寄進を行っている記録があり、弥二郎は河村氏に連なる人物とする向きもある様です。

感想など

2016年4月に探訪失敗して以来の訪問となります。
訪れたのが遅く閉門していたのが原因で失敗となりました。
そして実にほぼ10年越しの再訪となりました。
城域とされている東明寺の周囲と比べて高くなっているため、城館跡と言われれば納得いく地勢ですし本堂裏手には土塁状地形が存在しています。この土塁状地形は立入禁止のため離れて見ることしか出来ませんが、なかなか立派で本当に遺構だとすれば十分なものと言えるものの、「埼玉の中世城館跡」では当城館の遺構として堀跡しか挙げていないのが気になる所です。さらに言えば境内に明確な堀跡は見受けられません。
その為遺構と断言出来かねるというのは残念な所と言えます。

参考

埼玉の中世城館跡

和光市史 通史編 上巻

古城址探訪

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