この日は昼頃に外出してJR高崎線倉賀野駅から東へ2.3kmほどの場所にある天満宮へ向かいました。
概要
この周辺は江戸時代に設置された代官陣屋の跡だそうで、現在もある程度の遺構が残っています。
岩鼻陣屋散策

天神山は古墳を物見に転用したとも云われています。

かなり掠れています。






また写真を撮った辺りが大手跡の様です。
岩鼻陣屋歴史
この陣屋は1793年、農村再建のために上野国内の幕府天領を統治する代官陣屋として、代官吉川貞寛と近藤和四郎によって設置されたそうです。
幕末の1865年、当陣屋に在陣していた木村勝教が関東郡代に任じられ、治安維持対策を講じ農兵編成や取締強化によって一定の成果は挙げます。
しかし1868年に戊辰戦争が勃発すると体制を維持する事が困難となり、最後の代官高畠弾正が新政府に恭順していた高崎藩の藩庁高崎城に出頭したことで明け渡されます。
陣屋はその後設置された岩鼻県の県庁となります。
しかし1871年、岩鼻県が群馬県に統合された事で廃止された様です。
感想など
江戸時代の代官陣屋ということで元々単郭式の様な構造だった様ですが、西側を除く遺構はある程度残っている様に感じられるものの、外縁部のみという事もあって散っていて分かり難く見えます。
散策しやすい場所は天神山周辺のみですが、実際はその周辺、日本化薬の社有地が城域の半分以上となっています。
天神山はこの陣屋跡の象徴と言える存在だからか整備されて残されています。その脇に東側堀跡も見えますので、その辺りが散策しやすい所でしょう。
また北側空堀跡と土塁跡も良く残っていますが、社有地内なので注意が必要です。
参考
群馬県史 通史編 4 (近世 1 政治)
群馬県の百年 (県民100年史 ; 10)
高崎史料集 藩記録(大河内) 2
