21/5/14(1) 大貫陣屋

この日は昼過ぎに外出して、JR成田線下総神崎駅から北東へ1km弱の場所にある天満宮へ向かいました。

概要

この天満宮周辺は藤堂高虎の弟である正高が陣屋を構えた場所とされています。

大貫陣屋散策

南から見た陣屋跡。
参道の正面に当たるこの辺りに大手門があった可能性がありますが、詳細は不明です。
陣屋跡を取り巻く様に流れている水路は堀の名残と見られています。
天満宮鳥居。
実際はこの周りの宅地に陣屋があったと思われます。
天満宮がある天神山に設置された石碑の説明板です。
天満宮へ向かう道。
ちょっとした山城のような雰囲気があります。
天満宮本殿。
天神山内にある石碑。
碑文を見てみたところ「藤堂家云々」とありましたので『下総国香取郡藤堂氏旧封邑之碑』で間違いなさそうです。
天満宮の東側から見たもの。
天神山はいくつかの平場があり、何らかの施設があった可能性はありそうです。

大貫陣屋歴史

この陣屋は1599年、藤堂高虎の異母弟である正高によって置かれたと言われています。
正高は藤堂氏の人質として江戸に送られたのだそうですが、徳川家康、秀忠親子に気に入られ下総国に3000石を与えられて陣屋を構えた様です。
1605年、高虎が嫡男高次を人質として送った為、正高は高虎の元へ帰還したようです。
正高は1615年に勃発した大阪夏の陣にて兄高清とともに無断出陣した為、蟄居を命じられます。
1619年、正高は罪を許されて下総の3000石を返上、藤堂氏津藩の飛び地となった為その出張陣屋になったとされています。
その後陣屋は廃藩置県が行われる1871年まで用いられていた様です。

参考

現地説明板

千葉県文化財センター研究紀要28

日本城郭全集 3

余湖くんのお城のページ

城郭放浪記

藤堂正高 – 大坂の陣絵巻

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