26/4/11 北新波砦

この日は昼頃に外出して、JR信越本線群馬八幡駅から北北東へ3.2kmほどの場所にある北新波砦史跡公園へ向かいました。

概要

この場所はその名の通り北新波砦の跡で、小規模ながら全体的に遺構が良く残っています。

北新波砦散策

北新波砦歴史

この砦は15世紀後半から16世紀中頃にかけて、箕輪城主長野氏が支城として築いたと見られています。
長野氏家臣の新波新右衛門という人物が城主であったと見られている様です。
箕輪城主長野業正没後の1563年、武田方の那波宗安が侵攻し高浜砦を攻略するなどした際、新右衛門は撃退に貢献したと云います。
しかし1566年、武田方により箕輪城が落城し長野氏が滅亡すると新右衛門もそれに殉じたとされています。
箕輪城はその後も西上野の要所として武田氏や滝川一益らによって用いられた様ですが、砦まで用いられたかは定かでありません。

感想など

箕輪城は100名城にも登録されていますが、その支城である北新波砦も公園として整備されています。
砦はほぼ方形の単郭式で、虎口脇の突出部が特徴的と言えます。
また公園として整備されている為か、空堀跡は浅いものの遺構自体は全周に渡って良く残っています。
城域南寄りの外側には桜が植えられていて、丁度散っていく様子を鑑賞しながらの散策となった事と地元の子供たちが走り回る様子が印象的な城郭でした。

参考

現地説明板

高崎市史 第1巻

高崎市文化財情報 – 高崎市公式webサイト

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