この日は昼過ぎに外出してJR外房線土気駅から北西へ3kmほどの場所にある皇太神社へ向かいました。
概要
この場所は鎌倉時代に築かれた平川城の跡とされ、現在も遺構が残っています。
平川城散策
城域を南から見た遠景。
城域である皇太神社北側にある鳥居。
実際の虎口でもあった様です。
鳥居の東側に残っている土塁。
皇太神社社殿。
城域北西部を見たもの。
城域西側の帯曲輪とも武者走りとも見える部分。
城域南西部から土塁を見たもの。
城域南側の土塁。
平川城歴史
この城は平安時代末期に千葉常胤の家臣、平河種次(平川胤継とも)によって築かれたと云われています。
その後も平河氏が城主だったと様ですが、戦国時代の1511年に里見氏の城になったとされています。
しかし天文年間に後北条氏の軍勢に攻められて落城し、そのまま廃城になったと云われています。
感想
この城は平安時代から鎌倉時代に掛けてという古い時代に築かれたとされている城で、現在見られる遺構からも単郭式でシンプルな造りである事が伺えます。
里見氏の城となった際に改修された可能性はありそうですが、それでも簡素な造りはそのままで会ったため戦国時代の攻城には耐えられるものでは無かったのかも知れません。
また虎口西側に空堀が残っているという事でしたが、草が生い茂って確認出来ませんでした。
参考
日本城郭全集3
房総の古城址めぐり 下巻 (下総国)
千葉市史