11/1/5 井出ノ沢塁

この日は昼過ぎに外出して、小田急線玉川学園前駅から西へ1.5kmほどの場所にある菅原神社へ、初詣兼ねて訪れました。
この場所は井出の沢塁跡云われてますが、一般的には井出の沢古戦場として知られています。

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(左)西側から見た遠景。

(中)菅原神社入り口。

(右)神社入り口から本殿方向は高台になっています。

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(左)境内の南側にある平場。井出の沢古戦場の説明板があります。

(右)平場の下から見た物。

この地は鎌倉幕府滅亡後の1335年、北条氏の生き残りである北条時行が足利直義を破った合戦場として知られています。
鎌倉幕府14代目執権北条高時の子北条時行は幕府滅亡に際して信濃に逃れ、10歳ほどで地元の豪族に擁立されて挙兵し、鎌倉を目指します。これが中先代の乱です。
それに対し足利尊氏の弟で、建武政権下で鎌倉将軍府執権の職にあった足利直義は鎌倉から軍を率いて迎撃に向かい井出の沢で激突した結果敗れます。
これにより時行は一時鎌倉を制圧するものの、尊氏らの来援により鎌倉を奪還されて落ち延びることにまります。

日本城郭全集にはこの地は鎌倉街道の守りとして重要な地点にあり、見張所が置かれていたと云われると記載されてます。
ただ同書には「いまも残る砦跡は戦国時代中期のごろの砦のようである」とあり、図面では境内の平場をそれに当たるように見受けられます。

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