この日は遅めに外出して、JR外房線土気駅から南へ2.4km弱の場所にある熊野神社へ向かいました。
概要
この場所は大椎城の防御施設らしき痕跡が見受けられ、小山城とも呼ばれている様ですが、詳細は明らかでありません。
小山城散策





周囲は平場となっています。



小山城歴史
当城は千葉市立郷土博物館の「千葉市内中世遺跡位置図」において、近隣の向城や板倉砦とともに城館跡として記載されていますが、城館としての歴史や伝承は残されていない模様です1。
過去の発掘調査で平場が確認されている様ですが、その性格についても確定していないそうです2。
ただ南西の板倉砦とともに土気城の防御施設であったとする向きがある様です。
感想
小山町の熊野神社が小山城とされている様です。
「ふさの国文化財ナビゲーション」では城館跡、集落跡とし、郭、腰曲輪、空堀が残ると記載しています3。
南に位置する鳥居を潜って参道を登っていくと斜面に二ヶ所腰曲輪状地形が見受けられます。
それを見つつ登ると竹藪となっている境内に到達します。
その境内は平場にはなっていますが、参道以外の場所は荒廃していて多少の起伏もあり、単独の平場なのか、そもそも郭跡といえるのか判断しかねる所です。
地形としては最高標高93mの高台中腹南東側に位置しています。舌状台地東側の狭まった部分が平場南端で現在神社拝殿が建っています。
もしこの地形が城館として利用されていたとすれば、東から南東方向を意識した警戒施設であった可能性も考えられます。
付近には土気城や大椎城があり、ネット上では小山城を土気城の支城とする見方も見られます。
しかしその関係を裏付ける史料などは確認出来ず、城館としての実態自体が明確ではないことから、現状では土気城や大椎城との具体的な関係については確かでは無いという印象です。
参考資料
- ふさの国文化財ナビゲーション(小山遺跡)
- 下大和田・小山町谷津田だより No.196
- 千葉市内中世遺跡位置図
向砦外観
小山城から土気駅へ向かう途中、向砦の麓に建っている法行寺前を通り掛かったため、少し見てみました。


本堂裏の高台が砦とされています。
向砦歴史、感想など
向砦は小山城の西へ約900m、法行寺の裏山に当たる場所となっています。
現在城域は独立丘陵の様相ですが、明治期の迅速地図によれば東側を基部とした舌状台地であった様です。しかし現在東側は切り崩されて住宅地や調整池となっていて、城域の進入路は失われてしまっているものと思われます。
そのため現在は進入不可と見られています。
伝承によれば平安時代に大椎城を築いた平良兼が番士を置いた砦とされている様です4。
位置的には大椎城から南へ1kmほどの位置にあるため、大椎城の支城として用いるには良い位置と言えそうですが、土気城主酒井氏が支城として築いたとも云われている様です。
現在遺構がどの程度残っているか定かでありませんが、複数の郭を堀切で区切った構造の様です。
それならば平安時代というよりは戦国時代の城郭という印象で、酒井氏によって築かれたか大椎城の砦として築かれたものを酒井氏が改修、再利用したものと考えられそうです。
参考資料
- 余湖くんのホームページ
- 日本城郭大系 第6巻

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