26/6/4 田村氏館

この日は昼過ぎに外出して、京王線高幡不動駅から北へ1km弱の場所にある安養寺へ向かいました。

概要

この場所は平安時代末期に築かれた田村氏の居館跡とされている様ですが、遺構などは残っていません。

田村氏館散策

田村氏館歴史

この館は武蔵七党西党日奉氏(西氏)の流れを汲む田村氏の館とされています。
多摩地域は西党が勢力を持ち、宗家である日奉氏の他に由井氏、平山氏、狛江氏などが居を構えていました。
当館の主は伝承などは残っていない様ですが、由井宗弘の曾孫で田村氏の祖とされる田村弘綱と見られている様です。
戦国時代、居館跡に安養寺を開基したのは田村長傳(安栖)と云われている様です。
ただ安栖は坂上田村麻呂の末裔と称する家系とされ西党田村氏とは別系統と思われますが安栖が居館を安養寺としたと推測する資料もあり詳細は不明です。
また安栖は始め後北条氏に医師として仕え、1590年の小田原の役後に北条氏政、氏照兄弟が安栖の屋敷で自刃したそうですが、その屋敷は小田原にあったそうです。そしてその後は徳川家康に仕えた様です。

感想など

居館跡とされる安養寺と周辺は整備されていて遺構は残っていません。
元々弘綱の時代に築かれた館と考えれば、平安時代末期の城館で簡易的なものであったと思われます。
西党田村氏がいつまで居を置いていたのか定かでありませんが、その後安養寺が開基されて現在に至っていると思われます。
安養寺は田村安栖開基とも云われている様ですが、安栖と西党田村氏、安養寺との関連は確たるものではありません。
推測ですが、田村山と号した安養寺が後北条氏家臣だった安栖と関連付けられたものでは無いでしょうか。

参考

現地説明板(安養寺本堂)

稲城市史 上巻

日本城郭大系 第5巻

武蔵の古城址

姓氏家系大辞典 2

北条氏照の大石入嗣の時期についての研究

城郭図鑑

田村山安養寺

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