22/4/8(2) 上総村上城

宮原御所から上総村上駅へ戻る途中、駅から南東へ200mほどの場所にある永昌寺前で土塁らしきものを見かけたため、スマホで調べた所永昌寺の少し北、駅から西200mほどの場所に村上城と呼ばれる城郭跡が残っている事を知ったため寄ってみました。

上総村上城散策

永昌寺前の土塁に見えるもの。
城域から離れていますが、城の遺構という見方もあるようです。
南西から見た城域。
現在水田になっている城の外側はかつては湿地だったものと思われます。
城域の東側には水田に囲まれた島状の地形がありますが、終戦直後の航空写真でも存在している様に見えることから城の遺構である可能性も十分考えられます。
水田と島状地形を西側から見たもの。
城域北東部の土塁状地形。
城域内の切り通し道。

上総村上城歴史

この城の詳細な歴史は分かっていませんが、ただ時期は不詳ながら村上大蔵大輔義芳という城主がいたと伝わっている様です。
また戦国時代には義芳と同じ一族と思われる村上民部大輔と呼ばれる後北条方の城主がいた様です。

感想など

現在城の中心部とされる辺りは民家となっている様で、小規模な城だったと見られてる様です。
城域の東側を囲んでいる水田は堀跡の様に見えますが、城の規模と比べて大きすぎるため湿地に囲まれた城だったのかも知れません。
また昭和59年に永昌寺に隣接している国府小学校敷地内にプールを建設する際に現場の発掘調査が行われた結果、堀跡らしき遺構が確認されている事から永昌寺付近まで城域が広がっていた可能性もありそうです。

参考

余湖くんのホームページ

村上城跡 – 市原市教育委員会調査報告書

日本城郭全集 3

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