今日行ってきました2『八重瀬公園』

 もう一丁いきましょう。『富盛の石彫大獅子』が見ている先には八重瀬岳があり、その中腹に八重瀬公園があります。この公園の敷地内には八重瀬城跡と白梅学徒病院壕跡があります。

_005 こちらは駐車場です。奥に階段がありますが、その階段の下、写真そ左側の外に病院壕跡があります。この近辺は沖縄戦末期の戦地です。

さて、階段を上りますと、両側にはヒカンザクラの木が両側に並んでいまして、一月中旬ごろから咲き始めます。

_006 また、その頃にはここ数年桜祭りも催されている模様です。自分は行った事はありませんが・・・沖縄で一番南の桜祭りというのが売りのようです。

階段を上ると、左側に八重瀬グスクの跡があります。地は言え、残っているのは本殿跡の僅かな石積みと物見台、いくつかの拝所です。

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案内板によれば、このグスクの築かれたのは今から600年ほど前といわれているようです。いわゆる三山時代には八重瀬按司(アジ-領主のようなもの)がいたといわれていますが、山南王の王英紫がいたとか、王英紫は王でなく、八重瀬按司=王英紫(八重瀬は方言でエージと呼びます)だとか諸説あります。

_007 また、統一後は中山王尚巴志の息子(要は王子ですね)の一人が居城にしたとも言われているようです。

とはいえ、沖縄の歴史に関して知識が無ければさっぱりだと思いますので、折を見て解説したいと思います。

ちなみにここに来るのも七、八年ぶりです。

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