5/21~22 山梨遠征(2)甲府城跡

大月から電車で約一時間で甲府に到着。
駅から城が良く見えます・・・

やたら目立つ天守台の石垣が良いです。

舞鶴城公園として整備された城域を散策します。
説明は充実していて復元された建物もあるので見所は結構あります。

その復元された建物は最初訪れたときは時間が過ぎていたので入れませんでしたが、翌朝訪れて入りました。

二日掛りの散策です。

考えてみれば城でこういう復元された建物に入るのは初めてですね。
無料でしたし・・・

甲府城は織田氏の後に甲斐を支配した徳川家康の命により築城が開始されますが、完成前に豊臣秀吉の支配下となります。
そして豊臣政権の重臣、浅野長政、幸長が領主をしていた頃に完成したのだそうです。

豊臣政権下では関東の徳川家康を牽制する役割を担っていたようです。
江戸時代では将軍に近い一族が城主として入る事が多く、要所だったようです。

ちなみに現在のJR甲府駅や山梨県庁がある場所もかつての城域です。

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(左)城址公園脇から見た稲荷櫓方面。

(中)稲荷曲輪。

(右)稲荷櫓アップ。

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(左)稲荷曲輪にある煙硝蔵跡。いわゆる火薬庫です。

(中)稲荷曲輪にある庄司稲荷跡。鎌倉時代から祀られていたそうです。曲輪の名前の由来でしょう。現在は城址公園外に移されています。

(右)稲荷曲輪の二重石垣。

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(左)稲荷曲輪門。稲荷曲輪と鍛治曲輪の間にあります。

(中)鍛治曲輪から数奇屋櫓に登る石段には櫓の脇には数奇屋曲輪もあったようです。

(右)鍛治曲輪。現在は城址公園入り口の広場です。

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(左)鍛治曲輪と二の丸を繋ぐ坂下門の跡。

(中)二の丸にある武徳殿。戦前に建てられた体育館だそうです。

(右)二の丸と天守曲輪の間にある中の門跡。

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(左)天守曲輪。

(中)天守曲輪から本丸へ向かう鉄(くろがね)門跡。

(右)本丸にある天守台。

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(左)天守台内部。

(中)天守台より西、本丸を見下ろします。

(右)天守台より南東、数奇屋曲輪方面を見下ろします。

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(左)城址公園正面入り口より。この入り口は公園化に当たって設けられた物のようです。

(中)遊亀橋から西側の堀を見ます。

(左)遊亀橋の東に移された庄司稲荷。

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(左)鍛治曲輪と楽屋曲輪を繋ぐ鍛治曲輪門。楽屋曲輪は今は無く、現在は山梨県庁があります。

(中)城址公園から甲府駅を挟んで北にある山手御門。昨年2007年に復元されたようです。

(右)山手御門脇から城址公園を見ます。

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(左)山手櫓門。

(中二枚)山手櫓門上部にて。

(右)山手櫓門上部から城址公園を見ます。

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