位置としては幸地グスクの北東になります。
棚原集落の丘陵を上り詰めると、グスクのある森の入り口に至ります。
森に入って少し進むとグスク入り口です。
グスク内の道を進んでいくと、途中で左手側が開けています。
そこから見た光景、方角としては西側を向いています。
さらに進んでいきますと、左手側の段差の下に何か見えます。左の写真が上から見たもの。
何かと思い道を探して降りてみると古墓でした。
正面が開けるとグスク主郭です。
主郭の周囲には僅かに石積みの跡のようなものが見られました。
奥には拝所もあります。
主郭には古い標識もあります。途中で折れ、木に立て枯れています。
右の写真は奥にあったもの。遺構のようですが、石積みで小さく区切られたスペース。一体なんでしょうか。
グスク遠景。
森の入り口から主郭方面を見たものです。
このグスクは安慶名大川按司の弟、棚原按司が気付いたといわれています。
按司は当初、ここから北東にある千原の丘に「イシグスク」を築こうとしたようですが、そこが狭いことや立地条件などからこの地を選んだといわれているようです。
棚原按司の夫人は美女だったそうです。その夫人に対し、幸地按司が思いを寄せ、策謀をもって棚原按司を亡き者にしてしまいます。
夫人はグスクより逃れ具志川の兼箇段まで落ち延びますが、幸地按司に追いつかれ連れ戻されてしまい、その後舌を噛み切って自害したのだそうです。