この日は昼過ぎに外出し、京浜東北線土呂駅から南東に800mほどの場所にある土呂地蔵堂を訪れました。
この辺りは江戸時代の陣屋である土呂陣屋があったとされている場所です。
(左)城域北側。城域とその近辺は開発中の為遺構などは消えていく可能性が高いと思われます。
(中)土呂の地蔵堂。陣屋についても触れています。
(右)地蔵堂東側(東郭)にある土塁。
(右)いかにも遺構がありそうでしたが、はっきりとは分かりませんでした。
この陣屋は武田氏旧臣である旗本の初鹿野昌久によって置かれたと言われています。
昌久は武田家臣でしたが滅亡後徳川家に仕え、徳川家康の関東入封に伴い土呂村を知行したとの事です。その際にこの陣屋を置き幕末まで存続したのだそうです。