この日は遅めに外出して京成本線青砥駅から南へ650mほどの場所にある立石児童遊園へ向かいました。
概要
この立石児童遊園や熊野神社周辺には立石堀ノ内と呼ばれる城館跡があったと見られています。
立石堀ノ内散策




立石堀ノ内歴史など
立石堀ノ内については存在したいも確かで無く、「堀ノ内」という地名から城館と推測された様です。立石地名の発祥とされている「立石」がある立石8丁目に立石遺跡があった様ですがその中に堀ノ内も内包されているものと思われます。
堀ノ内は中世の開発領主などと見られる武士の館と推測されていますが、実際の所は定かでない様です。堀ノ内には境堀と呼ばれる溝で囲まれた数軒の建物跡が確認されているそうですが、その建物は規模的に武士のものでは無いとも見られている様です。ただそれが堀ノ内の主体だったのかは不明です。
感想など
上述の通り立石堀ノ内は遺構などは全く残っておらず地名のみで、規模や性質などは定かでない様です。堀ノ内とされる付近に立石地名の発祥とされる「立石様」の祠が祀られている事から堀ノ内は館というより集落を指していた可能性も考えられるのでは無いかと思われます。
参考
日本城郭大系 第5巻
下町・中世再発見 : 平成5年度特別展
