この日は少し遅めに外出して、JR京浜東北線川口駅から南東に500m強の場所にある舎人公園に向かいました。
概要
この周辺は岩槻太田氏に仕えた平柳氏の居館があったとされていますが、遺構は残っていません。
平柳蔵人館散策


平柳蔵人館歴史
この館がいつ築かれたか定かでない様ですが、戦国時代に岩槻太田氏に仕えていた平柳蔵人の居館であったとされています。
平柳氏は鎌倉時代の御家人、足立遠元の七男である遠継が平柳を称した事から始まるとも云われていますが、蔵人が実際に遠継の末裔であるのかははっきりしません。
1564年、第二次国府台合戦に際して蔵人は主君である太田資正とともに参戦し討たれたそうです。
その後館は後北条方の軍勢に攻められ焼き払われたと云われています。しかしその際蔵人の弟が蔵人の妻子を伴って領内東の弥兵衛新田村に落ち延びて土着したと云われている様です。
感想
館跡については現在は宅地化されていますが、新編武蔵風土記稿に「方一町(約109m)程の地なり、三重堀の跡とて廻りに小溝残れり」とあり、江戸時代後期まで遺構は残っていた様です。記述から単郭式と推測出来ますが、三重の堀と館としては防備を固めていたものと思われます。
参考
現地説明板
川口市史 通史編 上巻
姓氏家系大辞典 第5巻
新編武蔵風土記稿埼玉編 上之巻1